第一回は、科学者と宗教者の接点です
後編をお届けします
INDEX
生物多様性
佐野 生物多様性やSDGs、持続可能性は、今日の大きなキーワードになっています。旧約聖書の最初に創世記というのがあります。神が7日間で天地を造った物語が記されている文書です。その中には、神が人のことをどう考えているのかが記されているところがあります。そこを読みます。
神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された。神は彼らを祝福して言われた。「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、魚の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ」
(創世記1章27~28節)
生き物を支配せよ
「生物を支配せよ」だと食物連鎖の頂点にいる具合でしょうか。「支配」と翻訳されているのですがこれは聖書の日本語訳が十分ではありません。ヘブライ語の原文を正確に訳すと「管理せよ」という言葉が当てはまりそうです。そうすると、生き物に対して責任があるんだということを教えているのがこの創世記での神からの指示だと考えることができるのです。
しかし、産業革命以降、特に19世紀と20世紀が自然破壊の時代でした。このように言われます。「20世紀人間は19世紀人間と一緒になってこの地球を病的なものにしてしまった」。これは言うならば、「人間が神から自然を全て管理せよと言われたのに、管理できなかった」ということです。
私自身は日本人であり、キリスト教の者です。日本人の感覚とキリスト教の感覚は違うということを感じます。そして、自然科学とはキリスト教文化が土台にあり、日本人の本来の自然観とは異なりそうです。
日本とヨーロッパの自然観の違い
次の俳句があります。“よく見れば薺花咲く垣根かな” です。これは、薺の花と花を見ている自分が一体になっている感覚です。「主客同一」といった禅の感覚で、これが日本人の生物観、自然観と言うことができるかもしれません。
そのような感覚を持っている日本人のほうがヨーロッパの人たちよりも自然を大切にしていると思いがちですが、決してそんなことはない、ということを今からお話したいのです。
特に産業革命以降、ヨーロッパでは自然破壊が進みました。しかしそれに対する反省もあるようです。例えばオランダは、海抜より低い土地が多くあります。ここで大切になってくるのが護岸です。護岸のしかたが特徴的なのですが、自然石を切ってまず川に埋め、そしてその上に柳の枝を束にして埋めてクッションのようにし、さらにその上に自然石を埋めます。そもそもオランダでは石が取れないので、その自然石はスイスから購入して運搬します。そして、こういうことをやっていると、運河や護岸のところに、生物多様性が保持されるわけです。うなぎの寝床になるしいろんな小魚も住み、苔も生します。人間にとっても大切ですし、生物にとっても大切です。
一方で日本がやってきた護岸は、海でも川でもコンクリートで埋め立てていました。これはどういうことか、というと、自然と一体になっているので母親のように自然に対して甘えて、それぐらいのことは許容してもらっている、という感覚が日本人にあるのだと思うのです。
ですからヨーロッパのほうがオブジェクトとして自然を見ているから大事にしていないようなことをステレオタイプで言いがちだけれども実はそうじゃないんだということを、聖書やキリスト教文化を通して感じます。
日本人の「内と外」
日本に関してもう一つ言いますと、日本人には「内と外」があります。同調圧力が強い反面、「内」は守ろうとするのです。「外」に対しては酷いことをしても、です。
例えば20世紀に「自然を守るのは大事だよね」と言い出した後にどうしたかというと。日本には木が必要です。木造の家のためにも、紙の原材料としてのパルプのためにも。そこで、日本の木は切らずに、東南アジアの木を切って輸入する、ということをやってきました。今は海外の森林伐採についても、大手の製紙会社は明確な基準はありますが。
そのように、「内」の自然は傷付けないが「外」の自然は傷つけることをやってきた歴史が日本にはあるのです。この「内と外」という日本人の感覚は、世界標準ではないと思います。
環境を管理する
中田 「人間が環境を管理する」という話は初耳でした。私も聖書には、「支配する」と書いてあると理解していたので、原文にするとニュアンスが違うんだなと。
佐野 ニュアンスが違いますし、これを英語にするならばそういう立場をスチュワードシップだと言っているのです。「生物を人間は大切にしなければならない」ということを人間はこれまでわかっていなかったという理解が今なされているのです。
中田 旧約聖書ができたころに、そのような考え方をわれわれ人間がしていた、ということなんですね?
佐野 そうなんです。ヘブライ人、ユダヤ人の考え方としてはもともとあったのです。
中田 それは、原始的な環境破壊のようなこともその当時の人たちが経験していた、ということでしょうか。
佐野 経験していたと思います。ギリシャ文化のなかに人間中心の人間観があり、すでに環境破壊は始まっていました。そして、キリスト教会という小さな集まりがヘレニズム文化の中で始まり、それが4世紀にローマ帝国の国教になっていく流れになっていきます。ローマの国教となりますと、国力増強のためにキリスト教が使われるようになった。そうして、ヨーロッパの今日までの大きな歴史の流れをみますと、キリスト教が、国力増強と資本主義の精神的な支柱になってきたのです。
もともとの「生き物を管理する」という旧約聖書の教えからは変容してきたことは明らかだと思います。ですので私たちみたいな日本人のキリスト教徒はまた違う感覚を持たなければならないと思っています。 これが実は教育と関係あるんじゃないかと思っています。
21世紀の教育
エコロジカル・フットプリントやグローバル・フットプリントと言う言葉があります。これは、今SDGsや生物多様性の維持の文脈の中で問題になっています。「地球資源ををどれぐらい消費しているのか」の国別ランキングだと、もっとも人口の多い中国、そして、アメリカ、インド、ロシアと続きます。その次に日本が5位に入っているのです。ですから、日本はエコな国ではないのです。こちらは国全体のランキングですので人口が多いところがもちろん上位になるのですが、一人当たりでみると、こんどは産油国が上がってきています。カタール、UAE、バーレーンなどです。しかし、カナダが6位、アメリカが8位に入っています。あるいはルクセンブルクが2位です。
これから何がわかるかと言いますと、教育水準が高いはずの文明的・文化的な国の人間が地球環境を壊す人間に育ってしまっているという逆説です。ですので、「教育」への責任は非常に大きいのではないかと思うのです。
中田 そのとおりです。そして、なぜそうなるのかというと、エコロジカル・フットプリントの問題とは、私たちの素朴な理解を越えたところにある。地球環境問題とは、要するに人間には大き過ぎる問題なのです。
私たち人間の認知構造、情報処理の方法は100人ぐらいの村の中で上手く村を回して集団で生き残るために特化したもので、そういう自分が既に持っている処理能力を使って生きるのは楽なのです。それは例えば感情ベースで意思決定するとか、「昨日までのことは明日も続くんだという」正常化バイアスで判断するなどです。この正常化バイアスというのは、これまで人間が生きてきたほとんどの期間で正しかったのです。この正常化バイアスで判断していたら、要は考えなくてよいから、エネルギー的に楽で、おそらく適応的だったのだろうと。ですので、そのような楽な考え方にしたがって活動しているのですが、それは私たちが半径10キロメートルぐらいの世界でしか生きていなくて、一生で100人から200の人としか出会わないときに作られた情報処理のしかたです。そのような考え方で、グローバルな規模のところになって野放図にやってしまっているのが、原状なのだと私は思うのです。
そうすると、私たちが今やらなければならないのは、私たち人間が持っている本能的な、本質的なやりかた、いやな言い方をすると「人間らしい自然な」考え方から脱却しなければならないのです。このように地球全体に影響力を及ぼすようになって、大きなエネルギーと地球を変える力を持ってしまった状況でうまくやっていくためには、ある意味で「人間らしい考え方・感じ方」を超えたところで意思決定していかなければならない時代に来ていると思うのです。それができるのはやはり教育だと思うのです。
非人間的な教育
そして、教育というのは、イヤな言い方をしますけど「人間的ではない」考え方を身に着けることだと思うのです。人間がこれまで自然に「・・・べき」「よい」と感じるような感覚を超えた教育をしないといけない。私が思うに、そういうことを養成するのは、「自然科学」と「法律」だと思います。この二つはどちらも非人間的な分野だからです。
佐野 面白いご意見をうかがいました。私は幼稚園に務めており、幼児教育はいま非常に大事だと思っています。何が大事かというと、幼稚園の先生と子どもの間の関係、子ども同士の関係といった「人間から学ぶ」という一つの教育と、おもちゃや道具を使って遊ぶ場合に、そこから刺激を受ける、自分なりにモノを工夫して遊ぶという「モノから学ぶ」教育も大切です。そしてもう一つは、「自然から学ぶ」教育です。私の務める幼稚園は都会にありますが、緑の多い園です。子ども達が一生懸命アリを観ていたり、ダンゴムシを集めたり、カブトムシを飼ったりしています。生き物を育てることによって自然から学ぶ教育というのは非常に大切ですが、これができなくなっている現在ではないか、という問題意識を持っています。保育園ではできなくても、幼稚園ならできる、やらなければならないという使命感をもって取り組んでいます。ここまでの幼児教育に関して申しますと、そんなに「非人間的な」「自然から離れた」ことではないと思いました。
中田 それでいいと思います。
佐野 中田さんがさらにおっしゃっているのは、さらに非人間的な「自然科学」か「法律」という極めてロジカルなところでやっていかないと、いまの地球環境問題は解決しないよね、とおっしゃっているのかな、と思いました。
中田 そのとおりです。幼児教育と結びつけますと、非人間的な教育がうまくいくタイミングがあります。人間も生き物ですから、タイミングを間違えると動作しません。そのタイミングというのは10代の半ば以降だと思います。非人間的なことを身に着けるためのタイミングは。ただ、人間には個体差があり、育ちの早い子どもならば10歳、11歳ぐらいで始められる子どももいますが、遅い子どもならば、18、19歳になって、場合によっては、23、24歳にならないと学べない人もいるかもしれません。けれどもそのなかのどこかの時にそのような学びをすべきだと私は思っています。
では、それまでの幼児教育だったり10歳ぐらいまでの児童期の教育は今まさに佐野さんがおっしゃったことです。
その時期の教育として私が必要だと思っていることは、ふたつだけです。それを私は「素朴生物学」と「素朴物理学」と呼んでいます。これだけやっていればよいと思います。もちろん言語、つまりコミュニケーション能力は土台として必要ですが。
この「素朴生物学」と「素朴物理学」が大事なのはなぜかと言いますと、佐野さんがおっしゃったように、自分と外の世界を繋ぐ学びだからです。
例えば「素朴物理学」これぐらいの腕の力でこのぐらい腕を振って投げたらこれぐらいの重さのものならこう飛ぶと予想するとか、このような材質のものにこのぐらい力を掛けたら割れてしまうとか、そういうことでいいのです。
「素朴生物学」とは、何か見た時に、その生き物に触ったら噛まれる場合があるとか痛い思いをすることがあるとか、虫をちょっと押したら強く押したら潰れてしまうとか、この虫とこの虫は似ているけれどもなんか違うなと分類できるといったレベルの話です。
それを幼稚園や小学校のときに潤沢にすることによって、「外の世界が存在する」、と言う感覚が養われる。そのうえで初めてロジックの世界というのが上手く入ってくるのだと思います。
今の状況とは佐野さんと全く同感で、そういうことができにくい状況で、ここがしっかりできないと、外界に対する感覚が持てず、全てが人間の中だけ、人間同士の世界が全てになってしまうように誤解してしまった子どもになってしまっているのではないかと懸念しています。
例えば学校に行くと学校の中だけで暮らしてしまう。それもあまり良くないと思います。そういうことが起こっているので、大きくなってからのロジック教育もやりにくくなるのです。
佐野 幼児教育と児童教育は大事ですね。私は小学校3年生と5年生の男の子の父ですが、遊びというとゲームしかしないので、困っています。
中田 私は自分の子どもをいかに「素朴物理学」「素朴生物学」に誘導するかを考えていたので、子どもにゲームは与えないし、テレビも観させませんでした。そうすると子どもはしかたがないので、やむなく外で遊ばざるを得なくなる、そのように追い込んだのです。かわいそうですけど。子どもは「普通の家で育ちたかった」って今でも言いますけど。
佐野 さらに中田さんが米作りをされていることをfacebookで拝見したのですが、お子様たちは、米作りの手伝いもされているのでしょうか?
中田 今年は子ども達は手伝ってくれました。まだ田を借りて2年目なんですよ。
ずっとやりたいと思っていました。家庭菜園のほうはずっとやっています。そもそも私の生まれた家は、庭に畑がありました。曾祖父が池田にある園芸高校の校長でしたので、家を建てた時に、温室や果樹を植えて畑を作りました。そこで私は生まれましたので、子どものときから野菜作りは習い性でやっていて好きでした。
その後いろんなところに移り住んでも菜園を借りたりしてずっとやっていたのですが、なかなか米作りはできないのです。田を借りるのは凄く難しいので。
佐野 米作りは大変そうですよね。水を入れるところから大変そうだと想像します。
中田 借りている土地があるのが三川合流点で、淀川の堆積地で砂地なのです。そこに水を導入しても、どんどん浸み込んでいって貯まりにくいのです。ですので、朝と夕に一日2回水を入れています。
付近は宅地化されましたが、もともと全部田んぼだった土地で、水路があります。その水路から堰を開けると水の流れが変わり、導入できます。そしてある程度溜まったらまた閉じて、水の流れを戻す、ということをしています。
佐野 すごい大変そうですね!
中田 楽しいですよ!大変なことはありません。私と私の妻もいっしょにやってくれているのですが、私は生態学者なので、「自分の食べ物は自分で作りたい」という思いがあります。それは環境負荷を下げる道の一つでもありますし、私たちの自立性を高めるということでもあります。
しかし、この辺はいまや住宅地で、自分たちが代々田んぼと土に縛られていることに好ましいと思っておらず、土地を売ってお金に換えたいと思っている地主が多いのです。
一方で私たちは全然違います。私たちからすると憧れで、なぜこのような素晴らしい財産があり、なぜ稲作をやるのが嫌なんだろうと思ってしまうのです。
そんなに嫌なら人に貸せばよいのに、と思うのですが、貸すと自由に売れなくなるので用心している、ということがあります。
もうひとつは水の問題があります。自分で稲作をやってみてわかったのですが、たくさんの人が同じ水路の水を使っているので、自分だけが独占すると下流の人が使えなくなるし、私が使いたいと思っても上流の人が水を導入しているから、早く流してほしくても流れてこずに苛々するということもあったりします。ですので、歴史のなかで村同士で水のために争いが起きたりするのは、米作りをやってみると実感として理解できます。
そうすると、トラブルを起こさないようにするためには、同じ水路を使う人は仲良くやっていかなければならないので、そこに全くどこの馬の骨ともわからない新参者を連れてきて一緒にやれるかどうかというと、わからない、ということになります。新要素は疎外する、ということです。ぐちゃぐちゃになりかねないから躊躇する、というのも自分でやってみるとちょっとわかってきました。
佐野 米作りを通していろんなことが人間についてもわかって面白いですね。
中田 本当に面白いです。これまで本を通してしか、理屈でしかわかっていなかったことを自分で体験できるので。
佐野 とても面白い話をうかがうことができました。それも、生物多様性の保持や環境負荷を下げるということにつながっていますし。
中田 そうです。それを狙っているのです。もうひとつは、田は生き物が増えます。水があるからです。
佐野 素晴らしいですね。中田さんにはふたつの面があり、生物学者としての中田さんと米作りをやっている村のひとりとしての中田さんと。それは子どもの教育のためにもよいし、これからの日本人のあるべき姿を体現されていらっしゃいます。
中田 自然を守りましょうというときに口先だけではよくないと思っています。「農地は生物多様性を保持するうえで大事だから農地を維持しましょう」とやっていない人間が言っても説得力がありません。言行一致でないと。でも、もっとプリミティブなところでは、要は好きなんです。米作りをやっていると、そこにトンボやカエルやクモなどいっぱい生き物が集まって来るので、単純に楽しいです。
佐野 趣味を兼ねているわけですね!
中田 そうです。いや、ほとんど趣味です。実益を兼ねた趣味です。
佐野 素晴らしいです!
大学で勉強しなかった文科系学生の後悔
中田 佐野さんに質問があります。最初の佐野さんの自己紹介で、大学で勉強しなかったので後悔している、勉強をちゃんとやらなくてはならないと思ったとおっしゃっていました。それはどういうきっかけでそう思ったのですか?
佐野 私の人生は挫折の人生です。まず北野高校で挫折しました。高校2年生までは理科系だったのですが、文科系に転じました。文転の直前は物理が満点でした。たしか波動のところです。理科系科目も苦手ではなかったのです。しかしその次の期のテストで物理で赤点をとってこれはまずいと思いました。人生にいろいろ悩んでノイローゼに陥っていたのですが、そうするとまず理科系科目ができなくなりました。
関西の国立を目指しつつ一年浪人しましたが入試で落ちて、東京の私立大学に通うことになりました。早稲田大学の政経学部の受験は社会と数学から選べました。社会より数学のほうがマシだったので数学で受験したのです。
ちなみに早稲田大学では入試改革が行われ、政経学部は今年から数学必須となりました。当然ですよね。経済にも政治のための統計にも数学は必要ですから。それによって受験者数は激減したようですが、早稲田大学の新しい取り組みは一定の評価を世の中から得ているようです。
大学に入りまして、バンドとテニスのサークルに入り、アルバイトをしていました。勉強する時間はありません。テスト前には、ちゃんと授業のメモを取っているクラスメートのノートをコピーさせてもらいました。4年間の間に、2回も学費値上げ反対ストライキが後期テストのタイミングで行われ、その結果テストはなくなり全部レポートになりました。レポートだと何か書いて出せば不可にはならないので、4年間で卒業できてしまいました。
そのようにしてほとんど勉強せずに社会人になり、武田薬品の情報システム部に新卒で入ったのですが、卒論は手書きでパソコンというよりワープロすら使ったこともなかったので、3年間ぐらいは会社に何の役にも立たずただ給料をもらっているような状態でした。しかし、当時の大企業は「会社で新入社員を育てる」文化があり、必要な研修にも行かせていただき、社内でも一から学ばせていただきました。
そのうちSEの仕事が楽しくなってきました。しかし、ビジネスを学べる学部に大学時代に在籍していたにも関わらずまったく学ばずにSEになってすごしていたことに心残りがありました。
そうするうちに、ITが事業になりえる時代が来るというのを1998年に感じました。アメリカではeBay、日本ではヤフーなどのインターネットのサービスが出てきました。そのなかで2000年にたまたま転職して入社したのが当時小さなITベンチャーだったDeNAです。DeNAに転職して、ビジネスを新しく創ることが非常に大切なことを実感しました。そこで、いままでの武田薬品とDeNAのビジネスパーソン人生の総まとめとしてMBAを取得したいと思いました。夜間の経営学が学べる大学院に通いました。そこで、再度、ミクロ経済学を学び、ゲーム理論や統計学といった数学ベースの理科系に近い科目も学びつつ、ファイナンスやHR(ヒューマンリソース)、マーケティングも学びました。
それは、ビジネスパーソンの仕事に活かすというよりも、牧師になる布石でした。サラリーマン人生はここでいいかな、という思いが40代にありましたので。
アラフィフで第二の職業人生
もともと牧師になりたいという思いが社会人になったころにありました。それをもう一度再燃させて、「夜間の神学校に行きたい」と妻に相談したのですが、断られました。妻もクリスチャンで私たちはクリスチャン同士の結婚なのですが、結婚する時に妻は「私は牧師婦人だけにはなりたくない」と言っていたのです。それが急に、結婚9年目ぐらいに言い出したのですから止む無しですね。そして3回妻に打診し断られたので、もう諦めてこのままサラリーマン人生を送ろうと思っていた矢先、3回断られたその翌朝、「牧師になってもいいわよ」と妻が言ってくれたのです。そこから、小さなIT企業でSEをしつつ、17時に会社をあがり18時から21時30分、遅い日は22時まで夜間の神学校に通うという生活を4年間しました。そして私がいま所属している日本基督教団というプロテスタントの団体の教師試験を受け、2年間牧師の見倣いをしました。その間は、補教師という資格で、礼拝や結婚式は執行できますが、聖餐式と洗礼式が執行できません。2年の実務を経て、もう一度試験を受けて正教師の資格を得ました。そのタイミングでいま務める代々木教会に赴任し、ようやく一人前の牧師になった次第です。40代以降は、夜間のMBA、そして神学校やさまざまな試験の勉強に追われていました。このことによって一応、大学のときに勉強をしなかった悔いにリベンジしたことにしました。
こうして52歳から第二の職業人生が始まりました。教会の牧師と幼稚園の園長として当面やっていこうと思います。稼ぎは少ないですがこれまでの蓄積が少しはあり、子ども達が大学を卒業するまで教育費を得るためにも働き続けようと思っています。
クリスチャンになるということ
中田 ずっと子どものころからクリスチャンなんですか?
佐野 子どものころはクリスチャンではありませんが、教会学校には行って教会にはなじみがありました。そして高校のときにノイローゼになり、救いを求めて教会に足を運びました。しかし、両親のクリスチャンとしての姿に幻滅して、自分はクリスチャンにはならない・なれないと思っていました。一方で、牧師との出会いがあり、牧師という職業は素晴らしいなと思っていました。
私が洗礼を受けてクリスチャンになったのは社会人になって10年経った32歳のとき、武田薬品からDeNAに転職するタイミングです。まさに中田さんが長崎の大学に職を得られたご年齢のタイミングと同じです。私もそれまでは言うならばクリスチャンになるためのモラトリアムでした。そして洗礼を受けてそこからキリスト教徒としての生き方を決めたということです。
牧師になるということ
しかしキリスト教徒になるということと牧師になるというのは全然違う話なのです。それは、人生は案外長いし、やりたいことをいろいろやりたい、ということもあります。中田さんが稲作を始められたのと結構似ているかもしれません。キリスト教に関係する本を読み、仏教に関係する本を読み、宗教って悪くないな、という感覚がありました。それは人を救うことに、そして自分を救うことにつながるからです。自分のためだけでなくて人のためにも意味があるとおもったので牧師を目指したということでもあります。
人間原理
「人間原理」と言う言葉がありますよね。人間が生まれてきた必然があるのではないかという発想です。それはインテリジェント・デザインというのかもしれません。自分がこの世でなぜ生かされているかという不思議を感じていて、インテリジェント・デザインはしっくりきます。
絶対的な何かを前提するという発想があり、たまたま私は三位一体の神を信じることに32歳のときに決めました。両親がクリスチャンでなくて子どものときに教会学校に行かなければ仏教徒になったかもしれません。禅のお坊さんになったかもしれません。禅には非常に興味をもち、禅寺で坐禅の経験もしました。
禅でいうところの「無」とは「何もない」ということではなく、頭のなかにどんな感情がよぎってもそれが滞らない精神状態が「無」である、ということです。止めてしまう感情が「色」ですが、それを流れるままにできる訓練が坐禅です。そのときに「他力」という話も入ってきます。ですので、仏教とキリスト教徒の一致点もあると思います。
また、カトリックとも聖書を大切にする、いっしょに翻訳する、という点で一致できます。
中田 私は全然宗教的な人間ではないので。
佐野 中田さんは自然科学をやっていらっしゃるので、全く無縁ではないと思いますよ。欧米の科学者はドーキンスのような徹底した無神論か、キリスト教徒か、どちらかだと思います。日本人の科学者はそうではないかもしれませんが。
中田さんは人間原理についてどうお考えですか?
中田 「人間原理」は考え方としてはあるよね、という感じで、「自然選択」と同じで正しいとか間違っているという問題ではないと思います。「だから」と次にそこから展開することがあれば面白いかもしれません。
ラプラスの悪魔
佐野 「ラプラスの悪魔」という言葉がありますが、それは科学が全てを計測できるとしたら、将来が読めるはずだという話です。それを限定して考えるならば、ビリヤード台の玉突きは結果的に玉がどういう風に動くかは全て計算できてわかるということは納得します。それなりの条件を決めたらできるかもしれません。しかし、結局できないじゃないですか。
例えば18世紀や19世紀に電磁波の存在がわかっていなかったときに、「幽霊だ」と人が怖がったことが実は電磁波による現象だったと今の科学だとわかるということですので、時代によります。科学で解明できることが全てではないからです。科学で全て解明できたら、ラプラスの言っていることは正しくなるかもしれませんが、結局実現しないのではないか、と思ってしまいます。
中田 科学で全部調べ上げられるはずだというのはある種の信憑であって決して達成できない目標として置いてあるから意義があるのです。目標のなかには達成されてはいけない、あるいは決着されてはいけない目標というものがあると私は考えていて、今の佐野さんの話はそういうことなのです。しかし自然科学者は全部調べ上げたら全部わかるのではないか、という欲求を持っています。
佐野 それは科学者の姿勢、ということですね。
中田 そうです。そういうことを受け入れられる人間が自然科学に取り組むのであって、それが違うなと思う人はまた別の取り組みをされるのであろうと思います。
私は、そういうことをやろうと思っているけれどもできるとは思っていないのです。そういう二重性はどんな人間にも必要だと思うのです。
佐野 おっしゃることに納得します。人間とはそもそもロジカルな存在ではないと思うからです。私の場合はキリスト教徒ですがロジカルな人間でありたい、科学を受け入れられる人間でありたいと思うのです。
そしてその二重性に関連してなぜ宗教が大事かというと、何で生まれてきたか、何で死ぬか、さらにはなぜ人間がそのようなことを考えるようになったのか、そのような知恵が与えられたのか、知的な生命体として唯一生きているのかという不思議が人間にはあるからです。
それに対する解を科学はいまのところ持ち得ていないと私は思うのです。科学は「How」ではアプローチできても、「Why」ではアプローチできない気がします。そこに宗教と科学の接点があるのではないかとも思うのです。
中田 それは科学のスコープを外れていますよね。「なぜ、人は生き、死ぬか」は科学的なアプローチで考えるテーマではないのです。
佐野 生物が生まれてきたというのは、たんぱく質の水から単細胞が産まれてきたといったことが科学で説明できるとしても、しかし、そこから人間のような多細胞の知的な存在がどうできたか、ということに興味があります。
単細胞生物と人間の違い
中田 それは「連続」ではないでしょうか。単細胞生物があり、人間のような多細胞生物があると言う意味で連続しており、本質的には変わらないのです。違いがあるのは量的なものであり、複雑性の程度の差です。ただ、私たち人間はものすごく複雑ですから、単細胞の生物みたいには予測しやすくないのです。それは単に複雑性の問題なのです。
佐野 そのご説明はとても面白いです。体のなかも細胞がいっぱいあってもそれぞれに意志があるという議論があります。例えば免疫系という役割をする細胞群があるといったことですね。
それがちゃんと機能するということは、細胞に意志がないと、説明がつかないということをたしか、京都大学の中田さんの先輩でいらっしゃる団まりなさんがされていました。
中田 それは結局、意志というものを何とみなすか、ということです。
佐野 人によっては遺伝子にも意志があると言う人がいます。ですので確かに意志の定義が必要ですね。
中田 環境からの入力に対して何らかの応答を出すものがあれば、そこには意志があるとみなすことができて、私たち人間がやっている意志も本質的にはそういうことだと言えます。ただ、単細胞の生物にくらべるとものすごく複雑だというだけの話です。
で、その人間が複雑なのは、私たち人間が持っている意志の特徴です。このような複雑なものが「なぜ」生きてきたのか?という問いについては、サルとの脳の構造の違いのような説明になるわけです。でも、さきほど佐野さんが問われた、なぜ人間が産まれてきたのか、というのはそういう問いではないでしょう。
そのような話になってくると、例えば単細胞に意志があると言って説明しても答えにはならないのです。なぜならそういうことを問われているのではないからです。
佐野 私が子どもの頃に感じたことがあります。小学校2年生のころに、祖父の葬式に出て、祖父が死んだことを知ったときに凄く怖かったのです。「人間は死ぬんだ」ということを初めて知ったときに怖くて。「死」をどう受け止めるか、ということです。
例えばキリスト教だとこの世の死の後、天に昇ってその人は憩っている、というような考え方をするわけです。しかしその死とはどういうことなのか?逆に、なぜ生まれてきたのか、という問いになっていくのです。
たぶん、そういうことはチンパンジーは考えないですし、チンパンジーと人間の遺伝子を比較しても99.8%一緒だという話があります。でも、エピジェネティクスといって遺伝子が出現するタイミングが違うから変わるんだという説明がされることになります。あるいは中田さんがおっしゃったように前頭葉の大きさが違うとか脳の構造の違いによって説明できる、ということもあるかもしれません。
しかし、そうやって人間が自分の生死を悩む、悩まざるを得ない、悩まずに最後まで生きられる人はひとりもいないのです。どんなに長寿が達成されて、人生100年時代、ガンでは死なない時代だと言われてもです。
中田 死ぬということが想像できるのは時間感覚の問題ですね。将来を見た時に、と言う感覚ができるかどうかです。そういう感覚は他の生物もあるかもしれない、ということを言ってもしかたがないのですよね。
例えば霊長類の研究者は、サルには死の概念がないと言います。
しかし、この死を考える人間ということは「人間原理」とは関係がないと思います。それはなぜかというと私たち人間という生き物がどうしてかはわからないけれども死を考えるのは、人間のひとつの特徴であり、ある種の能力です。
例えば犬は人間が感じられない匂いを感知できる嗅覚を持っています。そして私たち人間とは違う認知世界を持っています。それと人間が死を意識する認知体系を持っているというのは、大して変わらないのではないでしょうか。死生観を持っている人間に特別な位置づけを置かなくてもよいのではないでしょうか。
佐野 たしかに、『吾輩は猫である』で夏目漱石は猫を擬人化しましたが、猫が科学できるかとか、ネコ観や死生観があるか、というと、認知体系が違うから議論しても仕方がない、ことになるかもしれません。人間が動物を観察しているだけであり、人間の見方であって、自分の生死を自分で問題にしているだけだ、その複雑な意志をもったのは人間だよ、そう意味で他の動物と違いはない、という中田さんのご説明はある意味で理解します。(二人とも笑)
中田 私は動物行動学者だから、動物を見ていて分かった気にはなっていますけれども、本当にわかったとはいつまでたっても言えないな、と思っています。
それは今、私がこういう説明をしたというのを佐野さんにリピートしてもらって、いかにも私が言いそうなことだな、と聞いていました。
佐野 とても面白いです。科学者の著書を読んだりしていますが、直に科学者のかたの話を聴くと本当に面白いですね。
どうもありがとうございました。
中田 こちらこそどうもありがとうございました。
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