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第07話 『プロ集団、東京音楽学校庶務課』

 インターネットが普及した現在、荷物の追跡サービスなどは当たり前で、「何時何分、倉庫から出荷されました」「お届け予定は何時頃の予定です。」「ドライバーの電話番号はXXXです。」などと連絡が来たりします。誰がいつどこから何を発送し、それがいつ配達されるのか、これらを簡単かつ正確に把握することができます。そして電子メールやSNSなど含めて全てエビデンスが残ります。

 その昔、六稜の星校歌が誕生した1915年のことですが、インターネットはおろかコピー機すら開発されてない時代、写しといえば筆書きするもの。分厚い書物でも手書きで写すのが当たり前でした。そして手紙や荷物等の配送記録は管理番号を台帳に記載するなど手間をかけて、履歴を確保していました。

 このような時代、手紙の内容までは書き写さないでしょう。そう思っていた私が甘かったのです。

 東京音楽学校庶務課は手紙を含め控えの作成や通信記録の管理において極めて優秀な組織でありました。

六稜の星校歌の資料に関して、音楽学校湯原校長から北野梶山校長に宛てた手紙は、稟議用紙に文面をそのまま転記のうえ、管理番号・日付・担当名、上長名・検印等を記録してから発送しています。いつ誰がどこから何を発送したのか実に正確に遡ることができるのです。

 今回の調査で岡野貞一の楽譜や土井晩翠の歌詞、北野と東京音楽学校との通信内容など、素人の私でも容易に調査することができたのは、当時の庶務課の記録や保存に関する完璧なお仕事あってのことでした。その後、東京藝術大学の史料保存および情報公開に対するご尽力もまた素晴らしいものであります。

 東京音楽学校は当時文部省から校歌に関する作詞作曲事務を委託されていました。1907年から1945年までの38年間、全国の学校・団体などから実に768件もの楽曲制作を取り扱ったそうです。

 これらに関する事務、受付、作詞作曲者手配、楽譜歌詞管理、お金まわり、通信など完璧に記録を残し続けた事務方のプロ集団、それが東京音楽学校庶務課でありました。公文書取扱に近いと推察していますが、それにしてもお見事。

庶務課のお仕事は、以下のサイトでもご覧になれます。

東京芸術大学 音楽学部 大学史史料室

2022年春のことでした。98期の友人たちと大学史史料室の橋本久美子先生を訪ねてみました。史料室は東京音楽学校庶務課を引き継いだ組織です。

1915年北野中学校長梶山延太郎からの作曲依頼資料や岡野貞一在校時の名簿・要覧・写真など、橋本先生は意のままに取り出して、私どもに丁寧に説明してくださいました。

 「1990年頃、大阪北野高校の西川昭子先生が岡野貞一の原譜等を探しに藝大まで来られたのですが、問い合わせを受けた記録などはございませんか?」と尋ねてみましたところ、「その頃であれば、楽譜をお見せしたのは、おそらく私ではないかと思います」とお話しされていました。

 2022年3月、橋本先生は東京藝大を定年にて退職されました。しかしながら長きに渡るご功績から、この先も大学でのご活躍が期待されているそうです。

お菓子を持ってまた史料室に遊びに行きたいと思います。(第08話に続く

(文責:98期 佐野憲一)

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