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第05話 『校歌の作曲料は拾円から弐拾円なり』

1915年10月に北野中学梶山延太郎校長から東京音楽学校長湯原元一に作曲依頼の書簡を送付してから、納品・支払・お礼状に至る一連の通信記録を公開します。なお、原文を解読し現代文に翻訳するのに以下お二人のお力添えを頂戴しました。冒頭、心より御礼申し上げます。

  • 原文→活字  :大阪市史編纂室・前室長 堀田暁生 様
  • 活字→現代文 :鎌田俊一先生(81期)

(一通目)

拝啓 秋冷の候、ますますご清勝のこととお喜び申し上げます。さて突然ではございますがお願いの儀がございます。今般私どもの学校で別紙の通り校歌を作成致しました。つきましてはこの詞に曲を付けたく誠に恐れ多いことではございますが貴下ご所属の適任の方にご依頼くださいますようお願い申し上げます。大正天皇即位の御大典記念として校歌を選定する都合上、勝手ながら今月中に作曲をお願い致します。練習の上で来月の十日までには斉唱できるようにしたいと思っております。以上の事情をお酌み取りいただき、ご依頼の労をお取り頂くようお願い致します。なお作曲に対する謝金の額についても不案内ですので相場をお示し頂ければ好都合でございます。以上お願いまで。十月十六日 湯原校長殿

北野中学梶山延太郎から東京音楽学校長湯原元一宛
大正四年十月十六日付(1915年10月16日)

(二通目)

お手紙拝読 貴校の校歌作曲のこと早速岡野助教授に依頼しておりましたところ別紙の通りできあがってまいりましたので送付申し上げます。作曲の報酬は拾円から弐拾円というところが相場でございます。取り急ぎご返事まで。

東京音楽学校湯原元一から北野中学長梶山延太郎宛
大正四年十月二十六日付(1915年10月26日)

(三通目)

拝啓 貴校の校歌作曲に対しご丁重なご礼状をいただきありがとうございました。早速本人に伝え、頂きました謝金も手渡しましたところ、ご厚意に感謝する旨申しておりましたのでご了承頂きますよう。以上取り急ぎ。

東京音楽学校湯原元一から北野中学校長梶山延太郎宛
大正四年十一月四日付(1915年11月4日)

大正四年の拾円から弐拾円は、現在のお金の価値で5万円から10万円程度とのことですが、梶山校長、北野中学の勝手都合で特急での作曲を依頼し、東京音楽学校各位に動いて頂いた経緯を勘案し、作曲料は弐拾円以上お支払いになられましたよね?(第06話へ続く

(文責:98期 佐野憲一)

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